「共感」は世間を閉ざす危うさを伴う

ロバート・キャンベルさんへのインタビュー記事です。昨今は「共感」をシェアすることの重要性がよく言われますが、「共感」の危うさについて、よく考えておくことが必要と気づかせてくれます。

《私が言ったことに『そうだよね』と(出演している)3人で共感する。そうすると、ここに一つの“世間”ができてしまい、共感できない人たちとの間で枠ができてしまう。『共感の硬いシェル』、つまり卵の殻のようなもので覆われてしまい、なかなか殻を突き破られることはないですね。

情報源: ロバート キャンベルさんが語る「共感」の危うさ | ハフポスト

共感という閉ざされた世界

引用文にあるように、「そうだよね」という共感は、ある種の「世間」を作ってしまう。思いを共有しているコミュニティというのは、硬い殻で覆われて、その他の人と交流することが無いと。

もちろん、SNSだとその共感の輪を広げていくことができます。でも、それは必ずしも「殻」を破っているとは言えないのではないでしょうか。だってSNS上に広がっている「共感」に対して、「それって違うんじゃない」という言説は届きそうにないから。

アメリカのトランプ大統領を信じている人たちもそうです。現在の弾劾裁判に対しての意見を聞くと、何らかの証拠を示して「間違っている」と言うのではなく、「魔女狩りだ」という感情で反論している。大統領自身がそういう「共感」を広めているんですね。そしてそう信じている人に対しては、コミュニケーションって成り立ちにくいのです。

ファクトを伝える重要性

こうした状況に対して、キャンベルさんが唱えるのは、「ファクト」の重要性です。「共感」はできないけど「理解」はできる、という態度表明ができるようになることの重要さ。

たとえば同性婚を認めるという話に共感することはできなくても、パートナーとして生きる上で法制度が整っていないというファクトを伝え、それを解決することの必要性は理解してもらう。

共感社会に生きていると、ファクトを通じて理解するという姿勢を身に付ける機会が減っているのではないかという危惧を覚えます。あなたはいかがですか?

Standard Rules:共感をひろげる
Alternative Rules:理解を得る

小橋昭彦
「ソシエテ・リベルテ」ビジョナリー。メールマガジン編集長、情報社会研究、ITベンチャー創業などを経て、ITを地域活性に活かしたいと丹波市に帰郷。NPOや地域ベンチャーを設立し、幅広い分野の地域づくり活動を支援。2006年度地域づくり総務大臣表彰受賞。

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